Walking栗原郷
西船橋駅〜京成東中山駅〜下総中山駅コース(約1時間)

- 葛飾庚申塔
- 庚申塔 船橋無線電信所標
- 私立葛飾幼稚園横

- 勝間田公園
- 万葉集などで知られている奈良の勝間田の池にちなんで江戸時代に
名前がつけられたとされています。
- 国道14号線沿い
- 「勝間田の池はわれ知る蓮無し然言ふ君が鬚無き如し」新田部親王(天武天皇の皇子)が奈良薬師寺付近にあったと言われている勝間田の池に遊んだ帰り、ある婦人に池の蓮の美しさを語り愛情をほのめかし その時、婦人はこのような戯れの歌を作って応えたといいます。同じ名称の池が以前あり現在は、公園になっています。

- 葛飾神社
- 元は葛羅の井の西側台地付近にありました。明治39年の神社整理令を受け大正5年に熊野神社と合祀されました。社殿の上に見える黒松は、船橋銘木十選の中の一本です。
- 勝間田公園から見えます。

- 道祖神
- いつもきれいに奉ってあります。
- この辺りから道が細くなります。


- 薬師如来像庚申塔
- 寛文10(1660)年に造られました。庚申塔としては、船橋市では、2番目に古いです。
- 土手にあり東に向いています。


- 羽黒神社
- 二子村の鎮守で、元は出羽三山の一つ羽黒山の神を祭ったもの。
- 延宝6年(1678)年の記録に名が有る
- 明治時代までこの地域には羽黒神社、熊野神社、摩利支天社などの小さな神社がありましたが明治40年政府の神社整理令により合祀され現在の羽黒神社になりました。

・東明寺
・室町時代末の弘治3(1557)年の創建と言われています。現在の本尊は、阿弥陀如来像ですが傍らにある旧本尊の薬師如来像は、小字の名を取って”部田薬師”と呼ばれ古くから里人の信仰を集めていました。
・最近までこの寺の奥に大きな松の木があり行徳からも見えたそうです。


- 多聞寺
- 鎌倉時代の末、永仁6(1298)年日蓮の弟子の一人日伝が建立したと言う寺です。
- 寺紋に千葉氏一族の守護神である九曜の星を用いていることから千葉氏と関係があったと思われます。
- 鎌倉時代この地域は、二子が浦とよばれ、日蓮が鎌倉へ、布教する際に船出をした所だと伝えられています。
- 多聞寺は、明治5年の学制を受けて7年に開校した小学校(二子学校)の当初の校舎でもありました。

- タナヤ跡
- タナヤとは、種籾を浸して発芽させるための小さな池のことです。
- 昭和30年代前半頃までは、カマスの中に入れた種籾をタナヤに浸し発芽させてから蒔くのが一般的でした。
- 都市化が進む中で今では、貴重な湧水池です。




- 子の神神社・八幡神社
- 二つ並んでいるうち右側が子の神神社で、大国の主命を奉る小栗原村最古という神社です。
- 八幡神社には言い伝えがあり昔、千葉と八幡(現市川市)の二つの国が国境を決めることになりました。千葉からは、亀が八幡からは、馬がそれぞれ同じ時間に出発し出会ったところを国境にしようというのです。途中で怠けていた馬と黙々と進んだ亀が出会ったのがこの八幡神社の場所でした。結果として小栗原村は、八幡領に 二子村は、千葉領になりました。




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